自分史への思い 胃がんで父を亡くして [AYAクリエイティブ] | AYAクリエイティブ

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2021.09.04

自分史への思い 胃がんで父を亡くして [AYAクリエイティブ]

AYAクリエイティブの自分史事業のメンバーに加わった、あやさんの自分史にかける想いです。
ぜひご覧ください。

【自分史への思い】
私が32歳の時、父が癌で他界しました。父とは確執があったわけではないのですが、幼いころから距離があり、一番近い存在でありながら、遠い存在でした。闘病中も私と父の溝が埋まることはなく、亡くなってから、父のことをもっと知りたかったという思いが強くなり、今に至ります。自分史なるものを、自分で、もしくは記者に書いてもらって残しておけば、私のように思いを残す人が少なるのではと、自分史をたくさんの人に残してほしいと思っています。
また、お年寄りの話を聞くのがとても好きです。その人がどんな人生を送ってきたのかを聞きたいです。コロナの影響でデジタル化が進みました。居場所を失っているお年寄りが多くいるのではと思っています。その人の人生に寄り添い、人生を振り返るきっかけのお手伝いができればと思います。

以下は自分史の作成がしたいと思うきっかけの文章で、昨年書きました。自己満足の文章ですがご興味があれば読んでください。文(あや)





キラキラと光る太陽、澄んだ空気、そよそよと吹く風、揺れる葉っぱ。
いつもそこにある、私を包んでくれている自然を、いつからそこにあると認識できたのだろう……。

私の父は63歳で亡くなった。
胃がんだった。
父は厳格な研究者で、研究以外のことは、とんと無頓着だった。
トトロにでてくるお父さんのような感じだ。研究に夢中で子どもが迷子になっても気づかない。
家でゴロっと横になってくつろいでいるところを見たことがなかった。電球を変えたり、ゴミ捨てをしたりしている姿も見たこともなかった。洗濯を取り込んだり、ご飯をつくったりする姿ももちろん見たことがなかった。
家のことは母にまかせきりで、何一つ自分でできなかった。
家族で旅行に行ったこともなかった。
家にほとんどおらず、研究室で論文ばかりかいていた。
当然、私との距離は広がるばかりで、一番近い人のはずなのに、一番遠い人だった。

でも、お互い大好きだった。

時々見せてくれる笑顔からは愛情があふれていた。
母伝いにくれる言葉からはやさしさがあふれていた。
毎日家を出ていく大きな背中は、いつだって頼もしかった。

でも、私は、父に何も伝えられなかった。
父は家にいるときも難しそうな顔をして、本を読んでいた。
ニュースを見ているときも、真剣な表情で何かに怒っていた。
だから、私は父を前にすると委縮してしまい、どう接していいか分からなかった。
いつも私は黙っていた。

病気が分かったときも、私はどうしていいか分からなかった。
かなしくて、つらくて、やるせなくて、くやしくて、みじめだった。
ただ、黙って父のそばにいた。

抗がん剤治療をしているときは「こんな状態では研究ができない」と言った。
病人らしく寝ていればいいのに、じっと寝ていることができない。
今までさんざん研究してきたのに、まだ研究しないといけないという。

最後に研究室に行ったとき、私も一緒に行った。歩くのもしんどそうで、ゆっくりゆっくり歩いた。そっと研究室の椅子にすわり、何も言わずにパソコンを操作した。
育てていた観葉植物に水をあげてほしいと言われたので、私が水をあげた。

色々なことがだんだんとできなくなった。
大好きなパンを食べなくなった。
大好きなアールグレイの紅茶が飲めなくなった。
大好きな本が読めなくなった。
ベッドに横たわってクラッシック音楽を聞くだけになった。

父はそうして亡くなった。

父が亡くなったとき、後悔した。
自分の気持ちを伝えられなかったことを。
もっと父のことが知りたかった。
もっと時を一緒に歩みたかった。
もっといろいろ教えてほしかった。
親子じゃなくてもよかった。他人でもいい。一緒に同じ時代を歩みたかった。
本当に大好きだった。
ありがとうと言いたかった。

30歳にして初めて身近な人を亡くすという経験をした。
今までとは違う世界に迷い込んだような、不思議な感覚を覚えた。

父がいないのに父の生きた形跡がそこにあることが不思議だった。
父の万年筆も本も手帳も何もかもが、行き場を失ったペットのように思えた。
みんな、父が戻ってくるのを待っているようだった。
あたりまえのことだが、人はいなくなるのに、モノがなくならないことに驚いた。

私は必死で父のモノの中に父を探した。
父の本棚の本を私も読んだ。
一字一字目で追い、父がどう感じていたのかを考えながら読む。
父の育てていた植木に水をあげた。
春がきて、芽吹いた若葉をみて喜びを感じていた父を想像した。
父の聞いていた音楽をきいた。
脳の中に響く旋律を、体全体で感じたかった。
鏡で自分をみては父の面影をさがした。

すると不思議なことがおこった。
気づくと私の中に父がいた。

土の中から芽がでるように、
海が寄せては返すように、
星が夜空に瞬くように、
風がカーテンをゆらゆら揺らすように、
父は私の中にずっといたのだ。

いつの間にか、父の好きなものが私の好きなものになっていた。
それまでの私とは全く違う自分になった。
父のように、学ぶことが大好きになった。
自分の中に父がいると思うと、安心できた。勇気がもてた。

父の死で、私はやっと「生きる」ということに疑問をもった。
なぜ、生きているのか。なぜ、死ぬのか。

初めて自分から「生きてみよう」と思った。
いつか私も生きていないモノになる。
それならば、今を生きてみようと。

1日1日が大切になった。
子どもの成長を見守りたい。
子どもの笑顔がみたい。
新しく知識を得たい。
人の役に立ちたい。
汗をかいて運動したい。
おいしいものをいっぱい食べたい。
太陽の光をあびて、おいしい空気をいっぱい吸いたい。
やりたいことはたくさんある。

もう後悔はしたくない。
父に伝えられなかったことを、今いる家族に伝えよう。

命がつづくその日まで、
今日も父と生きている。

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